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株式会社三立バックボーンオフィス

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昔の店舗の様子 昔の店舗の様子

お客様に寄り添うDNAは
「卸商」から「業態」、さらに
業種を進化させた「マネジメント業」へ

1929-1971

ルーツ

Since1929 Sanritsu Back Bone Office

精神支柱の「丸十」と、
行動支柱の「三者鼎立」の誕生。
受け継がれるDNA

1972年オクモ株式会社社員画像

1972年オクモ株式会社

1929(昭和4)年 並木製作所(現パイロットコーポレーション) 北海道樺太担当 馬場さんが、北海道一円に販路を有する、丸十小笠原商店の当時支配人奥茂喜一郎を介してPILOTインキ取り扱いを依頼しPILOTとの縁が始まる。
小笠原家・奥茂家ともに熱心な北一条教会の信者。丸十はここに起因すると思われる。丸十小笠原商店は、オクモ商店のみならず、北海道三菱鉛筆販売、中央紙文具(現コクヨ北海道販売)、第一事務機(現北海道グローリー)、いのまたなど、北海道内の文具業界に多くの人材を輩出する。
1952(昭和27)年 奥茂喜一郎がPILOT万年筆を主とした卸商として、南7条西3丁目に独立開業「丸十オクモ商店」(特にペンテルの北海道市場における貢献は大と聞く)
1964(昭和39)年 事業承継し奥茂一信社長就任、改組しオクモ株式会社となる。パイロット万年筆代理店 社是【三者鼎立】(1981年(株)北海道パイロットに改組)
1971(昭和46)年 地下鉄南北線が開業、地下街に紀伊國屋書店出店。
福島 隆 オクモ株式会社へ入社。紀伊國屋書店、北大生協、三好商会 などを担当。
紀伊國屋書店 小野俊夫店長に小売りの、(株)三好商会 三好康資社長夫妻に納品店のイロハを教わる。
1972年オクモ株式会社社員画像

1972年オクモ株式会社

昔の店舗の様子2 昔の店舗の様子2

1977-1988

会社設立

紀伊國屋書店様とのご縁

文具屋ロゴ 昔の店舗の様子1 昔の店舗の様子2
1977(昭和52)年 地下鉄東西線開業に伴い紀伊國屋書店琴似店出店、20坪の文具売り場委託業務を受託する。レセプションで来店した紀伊國屋書店 田辺茂一社長のお世話をする。
「粋」な振る舞いに感銘。経営的に卸業と全てに異なることから「株式会社三立文具」を運営会社として設立。【社是】三者鼎立・至誠真剣・一日一進
1977(昭和52)年 紀伊國屋書店琴似店に空きスペース(8坪)発生。店舗内装の久峰 亀倉慎一氏の紹介で、葉佐商品研究所 葉佐弘明氏に「ファション雑貨店」のプロデュースを依頼(のちに計40坪)。「業態転換とは」「女性感覚市場とは」学びながら、売れる店づくり「バレンタイン」「ホワイトデイ」「ハロウィン」「クリスマス」などの季節催事を含め実践。
1979(昭和54)年 紀伊國屋書店小樽店へ20坪で出店。(サンリオ、ソニー、学研、ジーシー、コージー本舗のOSAMU GOODS、プティルー、プチナル、ハニーのチョコレート、ぬいぐるみ、陶器、アクセサリーなどを取り扱う)
高校生・中学生・小学生の特に女性から支持される(1日最大来客数1000名超)。
1988(昭和63)年 紀伊國屋書店様の直営化計画に同意し、2月末で業務すべてを紀伊國屋書店様に返還・退店する。
文具屋ロゴ 昔の店舗の様子1 昔の店舗の様子2
昔の店舗の様子3 昔の店舗の様子3

1988-1993

次代模索の時

業態からさらなる業種へ

文具 昔の店舗の様子 90年代社員画像
札幌市中央区北4西5に開業予定のアスティ45に葉佐商品研究所を通じて出店打診を受ける。大通地区55%VS札幌駅前地区45%の中、将来性を見込み出店決意。
1988(昭和63)年 3月18日オフィス雑貨を中心とした、アスティ45店「Back Bone」開店。
※「Back Bone」の由来…エルビスオンステージを視聴中メンバー紹介で「My Back Bone」と表現。支えるをポリシーとして店名を模索する我々にとって、ふさわしい呼称を得て店名とする。
日本生命様・花王様・東京商工リサーチ様・リクルート様などとの縁を得る。
バブル期のさなか安価で提供した、女性向けゴルフクラブセットがヒット商品に。
アスティ45のテナント会会計理事・店長会会長を拝命し、Officeテナントととの親睦を兼ね「合同ビール・ビンゴゲーム会」を500余名の参加で開催する。
1989(平成元)年 昭和天皇陛下崩御「平成元年誕生」
同年本社を北16条東1丁目に移転する。
1992(平成4)年 「バブル崩壊」
1993(平成5)年 年末にパチンコ店がアスティ45に入居。おしゃれなモールと異なる業種に意を唱え退店する。
文具 昔の店舗の様子 90年代社員画像
三立の教訓 三立の教訓

1994-1998

混迷の時代

二歩前を見て、半歩前を実践

米国流通視察
1994(平成6)年 「株式会社三立バックボーンオフィス」に改称。
1995(平成7)年 北海道知事より建設業許可を得てオフィス内装工事業に本格参入する。
〜米国から流通の仕組みを学ぶ〜
1995(平成7)年 6月 葉佐商品研究所の米国流通視察に参加(ウォールマート・オフィスデポ・ステープルスなど)
1998(平成10)年 6月 葉佐商品研究所の米国流通視察に2度目の参加(イケア・ベットバスビヨンド・ベストバイなど)
松本悦子、鉢呂浩二、葉佐商品研究所の米国流通視察でニューヨークを中心に、ブラックフライデーの現状を視察。
米国流通視察
オフィスの一角 オフィスの一角

1995-2021

マネージメントビジネスの探究

「業態」から「業種」、
そしてネット時代に生きる
「マネジメント業」へ

オフィス1 オフィス2 2000年代社員画像 2021年社員画像

2021年10月 集合写真(札幌Seシステック社員と共に※3名欠席)

1985年(株)イリア(富士ゼロックス参画記事)の誕生、タスコシステムの本格的道外出店の核となる東京本社の造作で、道外大手とプレゼンで競合敗北。共同カイテック(株)ケーブルマネージメントの手法を得て、PM・FM・CM業務のあり方を認識し企業の価値観を高める上に必要不可欠と再認識。知識・技術・表現方法の構築を課題とする。

〜マネージメントビジネスの探求〜
1995(平成7)年 3月 日本生命ライラックオフィス250名日本生命北門館ビルからニッセイMKビル移転(CM業務)。
1998(平成10)年 5月 IBM310サーバーを導入し、社員間をいち早くネットワーク化(独自販売管理及びノーツ・CADの導入)。
1999(平成11)年 5月 北海道花王販売㈱から苗穂自社ビルへの移転付帯のPM業務受託。
2000(平成12)年 ASKUL・Garage代理店契約締結。
同年12月 現住所 札幌市中央区北5条西29丁目2-1-104に本社移転。
2007(平成19)年 北海道ファシリティマネージメント協会へ入会。
2010(平成22)年 札幌弁護士協同組合 特約店会へ入会。
〜「オフィス用品通販アスクル+オフィス内装工事」のビジネスモデルで新時代のオフィス支援を実践〜
2021(令和3)年 ITからIoT、AIの時代を見据え、事業継承の道筋をつける。
オフィス1 オフィス2 2000年代社員画像 2021年社員画像

2021年10月 集合写真
(札幌Seシステック社員と共に※3名欠席)

お客様へ寄り添う文具屋のDNAは、様々な時代と経験を経て進化し
変化を求められる人とオフィスの伴走者として、
共に次代を見つめていきます

会社概要